ヤン・シュヴァンクマイエル『ファウスト』(Lekce Faust、1995)

 ファウスト伝説を脚色した実写映画。チェコの街頭でビラを配る二人組の男。ただ地図に赤い印が付されているだけのその地図を受け取った主人公は、その時は捨てたものの、自宅の郵便受けにも同じものを見出し、その場所に赴くことにする。廃墟のような建物の地下に入ると楽屋がある。彼はそこで衣装を着け、ドーランを塗り、ファウスト博士の役で舞台に足を踏み入れる。
 俳優も演技しづらくないだろうかと気になるほど、極端なクローズアップを多用するカメラ。操り人形の舞台と主人公が演じるファウストの舞台、そして現実の街角の情景が混交する。
 木製の操り人形のコツコツ歩く足音のリズムが気持ちいい。人間が木製の頭部をかぶせられ、コルク抜きの要領で頭にねじをはめこまれ、人形になって舞台に上がるという設定。二人組のビラ配りの男はその後も何度も登場し、狂言回しの役割を帯びる。メフィストフェレスの頭部は油粘土で、主人公とそっくりの姿になってストップモーションで喋るというのも面白い。「れろれろれろ」しか口にしない何とも間の抜けた悪魔は、約束の時刻にファウストの魂を取りに来るたびに用心棒にポコンと殴られて撃退される体たらく。さらに、悪魔の化けたヘレネが登場したかと思うと、ファウストを穴底に誘い、棺桶の間で情交するという展開に。悪魔の人形をヘレネに仕立てるのに、仮面を被せてドレスを着せ、さらに下半身に穴を開けて陰毛を貼り付けるという下準備は、このシーンのためだったのだ。言いようもなく不気味な設定なのに、人間の俳優が木製の人形を抱きしめている絵はどうしても笑ってしまう。ご丁寧に人形の関節が軋む効果音まで。
 黒い鶏、黒い猫、黒い犬と順番にファウストの運命を左右する動物が登場し、人間の足を抱えた男に黒犬が激しく吠えかかるが、この足が誰のものであったかは最後に分かる。一周してスタート地点に戻る円形の構造だ。グレートヒェンは登場せず、ファウストは現実に戻ったところで命を失うが、その魂がどこに行ったのかは分からない。そして次のターゲットが地図を手に地下に足を踏み入れる。
 それにしても、ビラ配りの男たちが一枚ずつ指を舐めてめくっている映像に、これほどありふれた仕草がわずか数年で非常識なものに変じたことに驚きを感じる。確かに以前から不衛生とか気持ち悪いとは指摘されていたが、今となっては外ではめったなことではお目にかかれなくなった。