サンドラ・ベーレンズ『遥かなる乳母の記憶』(Ze noemen me Baboe/They Call Me Babu、2019)

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 オランダ領ジャワに生まれ、「babu」と呼ばれる子守りとしてオランダ人家庭で働いた女性たちの証言から、記録映像を編集し、その半生をインドネシア語によるモノローグ形式で再構したドキュメンタリー。アジアンドキュメンタリーズで配信。
 語り手は借金のかたに富裕な中国人に嫁がされそうになり、バンドンに逃れてbabuとして働くようになる。babuというのはインドネシアに元からあった呼称ではなく、オランダ人による「お嬢さん+母ibu」の合成語だそうだ。

 一番下の男児ヤンチェの子守りとして雇われた彼女は、一家の一時帰国に際してオランダにも同行する。しかしやがてオランダ本国はドイツに占領され、ジャワも日本軍の占領下となる。収容所に連行された一家は、日本の敗戦とともに解放されるが、「インドネシア人に土地を奪われた」と言って帰国の途へ。ヤンチェとの別れを惜しんだ彼女は、新婚の夫の故郷ジョグジャで暮らすことになるが、インドネシア独立戦争で夫を失う。婚家から夫の弟との結婚を強いられ、再び逃げてジャカルタへ行き、女子が教育を受けられる社会を願いながらひとりで娘を産み育てる。娘の名は稲の女神と同じ「デウィ」、母の名にちなんでつけたものだ。

 トッケーが7回鳴くと吉兆というジンクスや、悪霊クンティラナックはさらった子供を背中の穴に隠すといった民俗もモノローグに織り込まれ、「ワヤンのように戦いから戦いが続く」時代の女性たちの記憶が詩的な言葉で語られる。

 映像ではオランダ人家庭のホームビデオとして記録されたと思われるフィルムが多くを占める。植民者による記録は保存されやすいものであるにせよ、ビデオ撮影は蘭印のオランダ人家庭でかなり一般的な習慣になっていたのだろうか。


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