遅子建『アルグン川の右岸』

アルグン川の右岸 (エクス・リブリス)

アルグン川の右岸 (エクス・リブリス)

「(…)あたしは諦めてるんだよ。何であれ、愛したものは結局失うことになるんだ。愛さないものなら、逆にいつまでも一緒だとね」
 そう言ってイフリンはまたため息をついた。私はこれ以上、心の奥に言い尽くせぬ悲哀を溜めた女性に、幸せが――たとえその幸せがどんなに短くても――人間にとっていかに大切であるかを口にするのは忍びなかった。だから、もう何も言わなかった。(第二章「正午」、176頁)

 遅子建(竹内良雄・土屋肇枝訳)『アルグン川の右岸』 (白水社エクス・リブリス、2014)、2006年に発表された作品で原題は『额尔古纳河右岸』。
 なじみのない人名が多く、性別が名前から判断できないので人間関係を飲み込むまでに時間がかかり、二年近く読みさしにしていた本だ。それが、たまたま手に取ったら今の気持ちにしっくりしたためか、ひと息で読み切ってしまった。
 ロシア国境を流れるアルグン川の右岸を舞台に、エヴェンキ族の最後の酋長の妻が、九十年の生涯で目にしてきた出来事を回想する。語りの時点は、彼女と孫息子のみが山での暮らしを選び、一族のほかの人びとは政府の勧めに従って下山し定住生活を始めるという日におかれる。
 トナカイの群れと共に移動しながらの生活で人々は、風のようにもたらされた偶然の出会いで伴侶を得、子供を産み、そしてまたわずかな偶然から風にさらわれるようにして世を去ることになる。自然の条件に左右される暮らしの中では疲労や睡眠不足さえもが命取りとなり、最後まで名前を明かさぬ語り手の「私」の姉も、最初の夫も、トナカイや馬の背でうっかり眠り込んでしまったために命を落とす。
 また、「私」の父リンクが落雷によって世を去った後、母タマラはリンクの兄と気持ちを通わせてゆくが、弟の妻を娶ることは許されないという慣習に阻まれ二人は気持ちを押し殺して暮らし、そのあげくにタマラは正気を失ってしまう。リンクの妹、「私」にとっては叔母にあたるイフリンにしても同様で、鋭い舌鋒で人を傷つけてばかりいるが、とげとげしいのは生まれつきではなく不幸な結婚生活で培われた憎しみによるものだとわかる。実は夫はほかの娘と結婚したかったのを、親の反対で仕方なくイフリンを妻にしたのだった。
 過酷な自然環境、封建的な慣習、さらには満洲国建国に伴い日本軍に男たちが連行されて訓練を受けさせられたり、人民共和国成立後はソ連修正主義のスパイと嫌疑をかけられる者が出たりと、歴史の波がエヴェンキの暮らしにも襲いかかる。さらに山林の開発や定住を推進する政策で、伝統的な生活は大きな転換を余儀なくされる。山を下りれば安全で落ちついた暮らしができ、旧習から離れることでそれぞれが自由を追求できるかのように思われるが、いずれも必ずしも「私」の孫にあたる若い世代の個々人を幸福にはしない。
 こうした全ての、血の滴るような苦痛と穏やかな風に抱かれるような幸福を、「私」は悲しみは悲しみと、喜びは喜びと受けとめて、なお坦然と語ってゆく。夫婦の愛の仕草は「風の音を作る」と形容されるがまさにその通り、吹き過ぎる風のようにこの世にやってきて、またそのときが来れば去ってゆくさまが、次々と描き出される。エヴェンキの伝統的な暮らしの細部や信仰、旧満洲の歴史といったものも背景にしつつ、そこには失われてゆくものへの悼みや怒りがあるのではなく、人が人として社会の中で暮らす上での喜びと悲しみがあるように思われる。形は違えど、どんな暮らしの中にもあまねく存在する執着、憎しみ、そして幸福への希求と裏腹にそれを諦める気持ち、だからこそつかのまよぎる甘美なひと時を大事に抱きしめる気持ち。