アミール・ムハマド『The Last Communist』(2009)

  DVDで鑑賞。マラヤ共産党書記長、陳平の生涯を追ったドキュメンタリー。とはいうものの、陳平自身や関係者のインタビューなどではなく、陳平が過ごした場所を訪れてはそこに暮らす人々の話を聞くというもの。邱湧耀(クー・エンヨウ/Khoo Eng Yow)のドキュメンタリーにも登場する郷土史家・李永球や、Captain Philip J. Rivers という作家もインタビューを受けているが、史実を明らかにするということより、いまその土地に暮らす人々の言葉を聞き取るという性格の作品だ。

 合間に Zalila Lee の演じるミュージカルシーンが挿入されるが、これは共産党なり植民政府なりのキャンペーンソングのパロディーのようなもので、マラリア撲滅や、身分証はマラヤの誇りといった歌が歌われる。何ともいえないチープな作りで、ぬけぬけとこういうものを入れるところが心憎い。

 以下、メモを兼ねてこの映画に沿って陳平の経歴をまとめておこう。

 陳平は1924年、ペラ州の Sitiawan という街に生まれる。二頭の象が死んだという伝説を有するこの町の名は、マレーシアはサラワク出身の作家・張貴興の『群象』をかすかに想起させないでもない。家は自転車屋を営んでいたそうだが、のちに日本軍がマラヤでの移動に用いたのも自転車であった。30年代初頭には、日本の中国侵略に対してマラヤの華僑たちも資金を集めて同胞を援助するようになったが、陳平の一家は大恐慌のあおりを受けて破産してしまう。やがて陳平は共産主義思想を学ぶ集まりに参加するようになり、少しずつ読書を進めてゆく。彼が入党を決意したのは1938年、Lumutで夏休みを過ごした折にマルクス主義の本に読みふけったことがきっかけであった。

 Sitiawan に戻ってから中国語教師がマラヤ共産党の代表だということを知り、16歳で入党する。タイピンの小学校での教師生活を経て、1940年から41年にはイポーで正式党員となった。日本軍の侵略が始まり、竜や虎の刺青のある者は捕らえられ、刺されて穴に放りこまれると生死も構わず埋められてしまったと語られる。その穴を掘らされたのはインド系住民であった由。

 ペラ州タンジュン・マリムで陳平もゲリラ部隊を率い、英国の援助のもと抗日ゲリラ戦を開始する。1943年から45年にかけては同じくペラ州の The Kinta Valley で党員の勧誘活動を行う。錫の採掘に従事する人々やゴム農園の労働者を中心に、五〇〇人の勧誘に成功。やがて日本は敗戦を迎え、同時に1946年までマラヤ共産党は半公認の状態となる。

 戦後になって書記長ライテクが日本とイギリスのスパイであったことが明るみに出、1947年、クアラルンプールにてライテクの除名及び処刑と、陳平が後任の書記長となることが決定される。わずか23歳であった。

 しかし、その後48年6月には非常事態宣言が敷かれ、ついで共産分子の一斉摘発が行われるに至った。陳平らはキャメロンハイランドに拠点を移す。この時期、白人のプランテーション経営者が殺害されるという事件が起こっている。さらに50年にはパハン州 Bentong にキャンプしたが、政府は共産ゲリラと民間人の区別を容易にするべく、身分証制度を敷いて対抗した。共産党員は近隣の住民に協力を要請、若い女性党員による色仕掛けまで用いて勧誘工作を行ったが、警察の提示した高額の報奨金は村民に密告を促すこととなった。

 53年末よりタイ国境付近のBatong に潜伏する。55年にはマラヤ初の総選挙が実施されたのを受け、共産党も合法政党としての活動の道を探るべく、クダ州バリンにてトゥンク・アブドゥル・ラーマンらと和平会談を持つ。しかし交渉は決裂に終わり、57年8月にマレーシアは独立、それからも共産党によるゲリラ戦は展開されたが、冷戦を背景にマレーシア政府は西側からの援助を受け、全て成功裏に鎮圧した。

 1989年に和平協定が結ばれ、投降した党員は大部分が帰国を許されたが、陳平は例外で、タイでの亡命生活を続けている。このドキュメンタリーの制作が2006年で、82歳ということだから、今は86歳だろう。昨夏には元党員たちの暮らすBatong 村を訪問したという記事が出ている。

 “万果节”というのは劇中にも見られたが、8月中旬に行われるとのことなので収穫祭に当たるのだろうか。カラオケ大会や、かつて歌われた抗日の歌をみんなで歌った後、幹部と思しき男性が「夕陽無限好,哪怕近黃昏」とスピーチしていた。祝いの気分の中に、拭い去れない衰退と没落の雰囲気があり、自分たちの村そのものが過去となっているという諦めに覆われているようでもあった。

 それにしても、「共産党があったからこそ独立が達成できた」との主張が見られるかと思えば「共産党はただのテロリストに過ぎない」という人もあり、月並みだが「勝てば官軍」とはよく言ったものだ。

原題:Lelaki Komunis Terakhir
制作年:2006
制作国:マレーシア
監督:アミール・ムハマド(Amir Muhammad)
出演:Zalila Lee(歌手),アディバ・ヌール(Adibah Noor), Lee Eng-Kew(李永球/峇峇球),Captain Philip J. Rivers
音楽:Hardesh Singh
作詞:Jerome Kugan

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