原美術館「MU[無]─ペドロ コスタ&ルイ シャフェス」展

 去年ミン・ウォンの展示に行きそびれたので、原美術館は初めて。『コロッサル・ユース』のペドロ・コスタによるインスタレーションというので、アーティスト・トークの日に行ってきた。
 美術館は住宅地の中にあり、地図をたどりながら、こんなところに本当にあるのかしらん、と疑っているうちに、塀に囲まれた洋館に美術館のプレートが掲げられているのに気づく。個人の邸宅として三〇年代に建てられたものだそうで、何だか他人の家に侵入するような気分になる。
 今回の展示は2005年の「Out」というエキシビションを発展させ、今年の新作を加えて原美術館に合わせ再構成したものである由。いくつかの部屋に分かれた展示室に入ると、確か『コロッサル・ユース』で出てきた筈のヴァンダの部屋が映し出され、ベッドにはヴェントゥーラが丸くなっているのが目に入る。自分の足音が消えると、子供の声や工場の機械の音のようなものが聞こえてくる。これもインスタレーションの音声かと思ったが、他の展示室から伝わってくるらしい。後ろを見ると灰色の大きな扉(ルイ・シャフェスの『私は寒い』)が高い位置にある。回り込むと新聞受けの穴からスクリーンが見え、部屋を覗いているような感じ。
 二階に上がる階段の壁には球体をつなげたような、あるいは湧き起こる煙のような『燃やされた声の灰燼』という詩的な名前の作品が設置されている。上がりきって最初の小部屋を覗くと、瞬きもせずにじっと立ったヴェントゥーラの姿がある。フィルメックスで上映されたオムニバス『ギマランイス歴史地区』(フィルメックス公式サイトの紹介*1の一篇、『命の嘆き』の素材で、背景の暗い壁はエレベーターを模したセットであるそうだ。やがてヴェントゥーラは、歌とも語りともつかない調子で言葉を発する。カーボ・ヴェルデ移民に歌い継がれるもので、故郷へのあこがれや移民先での苦しい生活をうたった詞だということだった。ポルトガル語ではなく、恐らくカーボ・ヴェルデクレオール語だと思うが確かではない。
 隣の部屋には何とも名状し難い形状の、あえて言えば翼のような黒い物体、『虚無より軽く』が吊されている。黒といっても重さは感じさせず、マットな質感で灰のように風に舞いそうだが、素材は鉄だ。ルイ・シャフェス自身は、黒ではなく影の色だと説明していた。後で廊下に掛けられた『香り(眩惑的にして微かな)?』という花冠のような燭台のようなオブジェを見ると、床にひそやかに影を落としており、影によって作られた二重の冠なのかと感じた。
 裏表に配されたスクリーンに投影される『少年という男、少女という女』は、2005年にせんだいメディアテークで『ヴァンダの部屋』ヴィデオ・インスタレーションとして展示されたものとどうやらほとんど同じ素材のようだが、表示された尺が違う(今回の展示の方が短い)ので編集が変わっているのかもしれない。これは両面全部見ようと思ったら一時間以上かかるので、途中で断念。もう一度期間中に行っておきたい。これは最初暗闇で展示室内部がどうなっているのかわからず、スクリーンの裏側からぬっと他の観客の顔が現れたときは思わず声を上げそうになった。スクリーンに映る亡霊めいた人物たちと同様、見ている私たちもまた亡霊のように展示室から展示室へとさまよう。
 ペドロ・コスタトークで、部屋から部屋へ移動しながら、コスタとシャフェスのそれぞれの作品というシークエンスに、他の部屋から漏れ聞こえてくる音、他の客の足音、話し声などをすべて加えて自分で編集してほしいと語っていた。映画館をはしごした日、思いがけない作品の取り合わせから自分の中で新しい映画のイメージが生まれることがあるけれど、そういう楽しみを肯定されたようで嬉しい言葉だった。
 せんだいメディアテークペドロ・コスタ 遠い部屋からの声』(2007)を購入。関連書籍には『溶岩の家』のスクラップブックというか、コラージュ集もあった。めくってみるとケロイドのある顔の写真、記事が何枚かあったが、カーボ・ヴェルデの火山の噴火による被害を伝える記事なのだろうか。

 作品展とは関係のない話を少しメモ。
 カーボ・ヴェルデの歌手というと、ポルトガル生まれのサラ・タヴァレスくらいしか知らなかったけれど、検索してみたら有名な歌手がたくさんいるようだ。セザリア・エヴォラCesária Évora)の歌声は覚えておきたい。そういえばカルロス・サウラの映画『ファド』にもカーボ・ヴェルデの曲が入っていたと思い出す。

 また、火山島で思い出されるのはハワイ生まれの詩人ギャレット・ホンゴー(Garrett Hongo)、『Volcano : A Memoir of Hawai'i 』。管啓次郎による抄訳が「『ヴォルケイノ』より」として、世界文学のフロンティア『私の謎』に収められているけれど、まだ全訳は紹介されていないようだ。邦訳されない限りとても読めそうにないが…。それから済州島四・三事件を描いた金石範の大長編、『火山島』も未読。カーボ・ヴェルデ、ハワイ、済州島それぞれを舞台とした作品が、「火山」のキーワードで併置できるかどうか、いずれ考えてみたい。

 

ペドロ・コスタ 遠い部屋からの声

ペドロ・コスタ 遠い部屋からの声

 
コロッサル・ユース [DVD]

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世界文学のフロンティア〈5〉私の謎

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1:今回は見そびれたがすでに配給がついているので(なんたってビクトル・エリセの新作も含まれているし!)公開を楽しみに待つばかり。